マケドニアってどんなところ?
 

マMacedonia Krushevo

燦燦と輝く太陽の下、はち切れんばかりのみずみずしい球体。
うすい緑色の皮の下から香る芳醇な甘い香り。
それらを、まるでわが子のようにそっと守る大きな葉。
見渡す限りそんな光景が続くガラスの温室。
ここは、そう岡山。
日本で唯一、このうす緑色の香球が栽培される場所。

マスカットと呼ばれるこの球体は、まだ日本でヒミコと呼ばれる女王が居た頃に、ヨーロッパで大いに流行りました。
マケドニアに生を受け、世界帝国を築いたアレキサンダー大王がその名の由来です。
彼が生まれるより少し前、ギリシアではアテネとスパルタが殴り合い、ペルシアが中東に君臨し、イタリア半島ではローマ帝国の前身である共和制ローマが産声を上げたころ、ギリシアとペルシアのちょうど中間に住むギリシア人たちは「マケドニア王国」の設立を高らかに宣言しました。マケドニアという地域の歴史はここから始まったのです。

アレキサンダー大王が、東はインド、南はエジプトまでを手中に収めると、膨大な文化的交流が生まれます。
以降2千数百年の長きにわたり、ヨーロッパとアジア、北アフリカを結ぶ交点として、マケドニアはさまざまな文化、人種が行き交う交差点となりました。 あるときはキリスト教の、ある時はイスラム教の、ある時はギリシア人の、あるときはスラブ人の、ある時はトルコ人の国でした。

ところで、ここまで紹介してきた「マケドニア」は地域名であり、現在のマケドニア共和国とギリシャ共和国の中央マケドニア、西マケドニア地方にわたる広範囲の地域をさします。そして、マケドニア共和国はマケドニア地域の4割ほどしか占めておらず、古代マケドニア王国のほとんどはギリシャ側に位置しています。また、古代マケドニア王国を建国したのはギリシア系であり、現在のマケドニア共和国は多くがスラブ系の民族であるなど、過去の激動の名残が随所にあります。

複雑ですが、根気よく読んでくださる読者が多いことを願っています。
そこで、この「マケドニア」という名前をどこが正式に名乗るかが、大いに問題となりました。ギリシャは自らこそが由緒正しいマケドニアの統治者であると主張し、マケドニア共和国に対し名前を変えるよう求めて、経済制裁や外交制裁を行うまでエスカレートしていきました。同じ名前を仲良く名乗る、というわけにはいかないようです。 一応の解決をみたのは2018年6月12日。マケドニア共和国が北マケドニア共和国へ改称することで、両国は合意しました。しかし、両国の内部には強い反対意見もあり、今後ぶじに改称へ至るかどうかは不透明なままなのです。

もうひとつ、大陸の交差点として悲しいエピソードがあります。
中東情勢が不安定化した2010年代、多く難民が中東の紛争地帯からエーゲ海を渡り、ギリシャへとたどり着きました。
彼らはマケドニアなどのバルカン半島諸国へ入国し、そこから西欧へ向かう「バルカンルート」を利用して新天地へと向かう予定だったのですが、2016年にマケドニアが受け入れを大幅に制限。その結果、ギリシャのマケドニア側国境にあるイドメニは難民であふれかえりました。国境を越えようとした難民たちが催涙弾で排除されるさわぎとなり、ギリシャ政府も対応に追われました。これは、西欧諸国の世論が移民反対に傾き、いつまで門戸が開いているかわからないのに難民がどんどん来る。しかし自国にとどまられては困る。という静かな緊張状態が遠因といえるでしょう。マケドニアの対応にも一定の理解ができます。ヨーロッパとアジアの境目にある国々が背負わされてしまった、重い宿命ですね。

マケドニアを語るうえで外すことができない人物がいます。
丹下健三という日本人を聞いたことはあるでしょうか。
日本屈指の建築家として知られ、東京都庁、フジテレビ本社ビルなど、有名な建築物は枚挙にいとまがありません。 彼は戦後の戦災復興計画の策定に携わるなど、一建築物を超えた都市計画でも辣腕をふるったことで知られます。 1963年にマケドニア共和国最大の都市であるスコピエが大震災にあい、市内の8割の建物が倒壊する甚大な被害をうけたのち、その復興計画を作ったのが丹下健三でした。結局横やりが入って台無しになってしまうのですが、彼のデザインの痕跡が今もスコピエには残っているといいます。

そんな歴史を紐解いたところで、もうちょっと平和な部分も。
気候は山岳地帯を除いて温暖で、地中海性気候、温暖湿潤気候、湿潤大陸気候などの境目に位置しています。土壌は肥沃で農業が盛ん。また、タバコの一大産地としても知られています。 マケドニアは悠々自適に暮らしている人が多く、家を自分で建てたり、ホームパーティーを開いたり、余暇を楽しむのが得意なのだとか。20%を越える失業率も、マケドニア人に言わせると悠々自適の結果なんだそうです。
2013年現在ではマクドナルドも展開しておらず、そうした外来の食文化の流入が少ないため伝統的な食事がどこでも食べられるといいます。
この辺りはぜひ、訪れてその目で確かめてみてください。

written by しんいち